学生反抗記ネオ

元京大院生の諸行無常。

シルミド(韓国映画・2003年)

 昔の記憶にあったこの映画のワンシーン。最後、バスの中で兵隊たちが北朝鮮の軍歌を歌う場面。いったいこの場面が何の映画で見たものなのかは10年ほど思い出せず、ただ韓国映画朝鮮戦争がらみなのだろうということだけ覚えていた。

 シルミド。漢字表記にすると実尾島で、現在の仁川空港のすぐ近くにある小さな無人島である。ここでは1968年4月に結成された北朝鮮の最高指導者・金日成の暗殺部隊の訓練が行われ、隊員たちは死刑囚や重大犯罪者で構成されており、通称684部隊と呼ばれた。

以下、ウィキペディアからの引用(あらすじ)

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北朝鮮工作員による韓国大統領暗殺未遂事件をきっかけに、北朝鮮の最高指導者金日成を暗殺するための極秘特殊部隊がシルミド実尾島)で結成された。

彼らは目的を遂行するために、死傷者を出しながらも3年間厳しい訓練に耐え続けた。そして、生きた『殺人兵器』に育てられた彼らが北朝鮮への潜入を敢行しようとした矢先、劇的な南北和解ムードの到来により作戦が中断。

情報部は用済みになった部隊の抹殺を決意し、非情な命令を下した。

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以上、引用終わり

 

 彼らは死者を出すほどの過酷な訓練生活に耐えなければならなかった。しかし彼らがその過酷な訓練に耐えられたのは、ひとえに自らの重罪が国家に忠誠をつくし、敵国の指導者を殺害するという重大な任務の責任を負うことによって、自らの生を全うする価値を見出したからだと思う。彼らの部隊としての強さとは、生への価値を認識したこととは引き換えに、部隊の責務を遂行する上では死ぬこともいとわないという相反したアイデンティティが強固な絆を生み出し、何が何でも目的を達成する意志を持つ集団であるということだ。しかしこの優秀さと頑固ともいえる精強さがのちに悲劇をもたらす。

 個人的にはこの映画の面白さというのは、史実に基づく話であるという1点に尽きるような気がする。史実だからこそ、たとえ映画用に作り替えられている場面があったとしても、「こんな厳しい訓練がほんとうにあったんだ」、「自分だったらこんなことしたくないな」、「もし自分が訓練生の立場ならここでどうしただろう」とか、話に入り込める気がするのであって、すべてがフィクションなら、暗殺部隊の厳しい育成や教官との対立、訓練生同士の励まし合いなど、『スチュワーデス物語』を見るのとさほど変わりないと思えてしまう。設定が軍隊かJALかという違いだけであった。

 最後の場面でバスを乗っ取り、外から韓国正規軍に撃たれて瀕死の隊員を囲んで「赤旗の歌」を歌う。これが冒頭に言及した軍歌だが、正確には世界的に歌われている革命歌・労働歌で、北朝鮮では軍歌に制定されているものだという。「南の歌は思い出せない」という隊員の言葉に、どれほど過酷な思いをして北朝鮮に浸透できる訓練を遂行してきたのだろうかと改めて思いを馳せることになるのだが、これは史実ではない。この歌を歌った事実はないというのである。しかし映画のストーリー上必要な歌であったと思うのだが、今も韓国と北朝鮮は敵国同士であることは忘れてはならない。軍人団体にこの映画の監督が国家保衛法違反で訴えられることになってしまった。まぁ、お隣の国の映画監督も大変なものである。

 というか、この労働歌のシーンと、684部隊が乗っ取ったバスが韓国軍に囲まれて銃撃されるシーンで、私は勝手に朝鮮戦争映画だと記憶違いしていた。戦争映画ほどの迫力というか、アクションがあるわけではなく、そもそもそれを見るための映画ではないけれども、日本の敗戦から朝鮮半島の分断と朝鮮戦争の勃発・休戦という流れの延長で、この映画が公開されるまで公に知られることのなかったもう一つの悲劇。

 人間ここまで強靭になれるもんだと関心もする。